「今回の襖絵については、一連の研究作と離れて、寺院の襖としての意義に重点を置いた。即ち日本国土の浄化された風景を四季山水に森こみ、その究極に蓬莱山を置いて浄土・真理の世界をイメージし、穢土の中に真実土を願う佛教世界の雰囲気を意企し、且つ中央須弥檀を荘厳する佛画でもありたく考えた。扨、このように研究の枠外とは思ったが、仕上げてみると自分の画業のなかで理念を煎じつめる為の、重要な体験だったと自覚できた。又、寺社への揮毫は大きな本懐である。」
今の日本は国家として最低だが、日本画は何人かの少数精鋭と小数卓見の言論人によって、たくましく花ひらく。これは平和のせいでもなく、師伝にも頼らず、むしろ「澱」のような平和の毒素症状、その危機意識と感性の揺れ、又この民族を流れる血液の抑えきれない迸りか...