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「彼岸」

青苔寺・3月
「お彼岸」と言う言葉は、普段何気なく使っている言葉ですが、改めて考えてみると、本当にわかることは少ないものです。

世界の宗教は、仏教であれ、キリスト教であれ、回教であれ、全ての宗教が神仏の救いによるか、厳しい修行によるかの違いはあっても、清らかな心によって醜い欲張りを否定し、静かな心によって争いごとを無くし、澄みきった心によって愚かな過ちを起こさないようにしようとするのが、宗教の目標でありましょう。

仏教でこういう境地を「悟り」と言い、「彼岸」とも言うのです。
よく河に例えて、河の向こうを「彼岸」と申します。河のこちら側を「此岸」と言います。仏教ではこちら側を「此岸」を迷いの世界に、向こう側を「悟り」の世界に見立てて「到彼岸」と言います。また、「到彼岸」は梵語のパーラミター(波羅密多)を訳したもの。
「此岸」から「彼岸」に渡るべく努める修養週間を親しみを込めて「お彼岸」と言ったのです。
この七日間はお中日を中心に前三日を、布施(ほどこす)、持戒(つつしむ)、忍辱(がまんする)残り三日は、精進(はげむ)、禅定(こころを静める)、智慧(智慧を磨く)の修養期間であり、お中日は中道に例えられ、偏らぬ心を養う事です。この六つの波羅密多、六波羅密多を実践する事で、「彼岸(悟り)」に辿り着きましょう。と言う事なのです。

桜お中日は太陽も正しく真東より出でて、真西に沈む日である事も考えあわせると、心身の修養期間とした先人達の智慧には驚かざるを得ません。春秋のお彼岸には自我を捨て、偏らぬ心を養う修養期間にしたいものです。

また、お彼岸中は、お墓参りなどの先祖供養を行いますが、これは亡き人を偲び、亡き人の生き方や、考え方をもう一度皆様の中で思い出してあげる事、それにより、自分自身と照らし合わせ自分の行いとの違いを懺悔したり、真似してもう一度、自分の中で生かしてあげる事、真似して生かしてあげる供養でもあると思われます。

是非お彼岸中は、これらの事を意識して過ごしたいものです。
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